・特定の科学・不思議系団体には所属していません
「塩」がいかに貴重で大切なものであったかを歴史が物語っている
神様と塩 信仰と塩 お清め お供えもの 盛り塩
このページを、滝行で、「清めて」みました 目  次

「お塩」は今でも大切なものです。
病気の犯人にしないでください!
犯人は「食塩」であること
もはや、明確だ!
     
  byご塩者
我々の先祖の経験則は、
間違っていたのでしょうか?
経験則とは科学より歴史が優先します。
正しい感性、直感による帰納法です。
経験則で外枠を押さえていれば
大きい間違いは起きないものです。
習慣になっていること、
儀式になっていること、
先祖代々語り継がれてきたこと、
それらには、大きな意味があり、
科学では説明のつかない、
真理があるケースが多いのです。



「おしお」は、今でも、神聖なもの!
清めの「塩」はどんな意味?
   
○信仰と塩  ○お供えものとしての塩
土俵の「塩」・・・・撒き塩
店先の「塩」は客招き・・・盛り塩
忠臣蔵の真相などの歴史に見る「塩」
"塩づくりの神様〃の神社は全国に200社も
キリスト教もユダヤ教も塩を信仰してきた
「サラリー(給料)」の語源は「塩」
神事に伝えられてきた塩
お供えものとしての塩
神事に伝えられてきた塩
お祓いや弔いには塩が欠かせない
本当の家宝とは
仏壇の奉り方 
昔から、人々は、「お塩」を大事にしてきました
生活と密接な関係にあり、【水、塩】を最も尊重
その証拠に、今も尚、「お塩」は神事のお供えものとして、使われています。そこには、大変な真理があるのです。その真理について、説明したいと思います。
その前に、現状はというと、・・・・・・・・「減塩」と言って、「塩」を病気の原因にして、「塩」を悪者にしてしてしまいました。
「しお」と呼び捨てにされ、「塩」を馬鹿にしてきました。他に呼び捨てにされているものが、いっぱいありますが・・・・。
その背景には、色々な思惑や、国の政策ミス、敗戦という歴史、・・・・があったにしても、そろそろ、目を覚まさなければならないときがきています。
国の政策では、塩を化学的に製造することで大量生産化をはかり、
単なる「しょっぱい化学調味料」を「食塩」=塩化ナトリウム(Nacl)=化学薬品を「塩」としてとして流通させてました。そして、常識化=一般化してしまいました。
しかも、安い価格で流通させたことが、「ありがたさ」を感じさせなくなり、「塩」を軽視するようになってしまった現状を作ってしまいました。
著書の紹介 「塩」のことを考えていると、塩(潮)は海そのものであるという思いが強くなってくる。
そして、四面が海にかこまれたわが国の事を思い、水産国であるというなりわいのあり様をおもうと、
「米」の生産とともに築かれてきた内陸の文化と「海」を相手の漁猟活動によって育まれてきた沿岸の文化は、
相乗的な関係をたもちながら日本文化の基層を形成してきたのであると改めて痛感するものである。
そして、海の具象とも言える潮は時代とともに多様な色彩をおびながらその文化が育まれてきたけれど、
塩が専売となって国がこれを行うようになり、さらに、製塩技術の進歩とともに大量生産されるようになってからは、
塩に対する人々の思いはすっかり希薄になってしまった。 
塩の勉強部屋⇒⇒⇒

しかし、専売法が解かれて塩が自由に販売されるようになった今、「塩」が持つそこしれぬ性質が見直されるようになりつつある。
塩のもつ実質価値ははかりしれないものがあってかぎりなく大きく、
それを塩の持つ霊力としてとらえてきた文化を生んだ。
田村勇氏著
単なる「しょっぱい化学調味料」を「食塩」=塩化ナトリウム(Nacl)=化学薬品を「塩」としてとして流通
食塩は、塩の機能・本来の塩の意味を全く無視して作られた、
単なる「しょっぱい化学調味料」を「食塩」=塩化ナトリウム(Nacl)=化学薬品である。
工業としては、100点の塩かもしれないが、食用・お清め・盛り塩・お供えもの・・・用としては、ゼロ点に等しいことを理解していただきたい。
神聖なことに使えるわけがない。
単なる「しょっぱい化学調味料」を「食塩」=塩化ナトリウム(Nacl)=化学薬品は、化学反応には、順応するかもしれないが、
神聖なことに使えるわけがない。だから、伊勢神宮では、時間をかけて塩を作るわけです。
ここに、答えがあるといっても過言ではありません。科学的に検証しようとするから、おかしくなります。
科学的でないことを科学というものさしで図ろうとするからおかしくなります。

感覚的に鋭い人・・・「感じる人」【霊感の強い人】・・・・等の人たちには、感じるのです・・・・・。
また、普通の人でも、正常な塩を使うとその違いを体感できることも付け加えておきます。

大海のパワーがある塩こそ、求められている塩
「塩」は、広大な海の情報がいっぱいつまった「海の化身」です。だから、「塩」の作り方が、大変重要なのです。
造る側の意図が間違っていると、大変な影響を及ぼすのです。「塩」とは、どういうものが「塩」なのか?
それは、「海の海水」(陸地で塩水が湧いているものは、海水ではない)が、干上がって風や天日で乾燥し、水分がなくなって残ったものが塩です。
すると、この工程には、塩田で濃縮した海水を、仕上げに平釜で「煮つめる」という工程がありません。
又、今、日本でつくられている「自然塩」と称する塩も同じで、仕上げに平釜で煮っめてつくっています。
海水を一度沸騰させたらどうなるか?「生きている海水」が、「死んだ海水」になってしまうのです。味も一変しています。
「死んだ海水」から出来た塩は、「死んだ塩」になっているのです。「死んだ塩」には、大海のパワーも、同然、なくなってます。
それだけ、製造には、ノウハウが必要なのです。
清めの「塩」はどんな意味?
塩は食用としてだけでなく、さまざまなシーンに登場します。たとえば昔はどの家にもあった神棚。ここには塩がかならず供えられています。
神社の神殿でもそうですが、神前にはお神酒やご飯とともに塩を供えます。塩は供物のひとつとして、欠かせないものなのです。

神棚や神社に供えられるのは塩に「お清め」「お祓い」の力があると考えられてきたためで、
そういえばわたしたちにはお葬式など不祝儀から帰った人を家に迎え入れるときにも、塩をふって「お清め」をする習慣もありますね。
塩がなぜ「お清め」に使われるのでしょうか。『古事記』には、身の稜れを清める「禊ぎ」のために、海にカラダを沈めたという故事が記されています。
インドのガンジス河で、人々が沐浴、つまり「お清め」のための水浴びをする風景というのを見たことがあるでしょう。
まわりを海に囲まれた島国、日本では、河ではなく、もともと海に浸かって「お清め」をしていたそうです。
そして、塩が「お清め」に使われるのは、ここから派生したものだという説があるのです。
つまり、山間部など海から離れた土地では、海水の代わりに塩が使われるようになったのではないか、というのです。

○清めと塩
さて、塩を清めに用いることについてですが、伝統的な習俗の中に多くの事例を見ることができます。
例えば葬儀の際、会葬者に配られる清めの塩を始め大相撲で力士が土俵上で撒く塩や、
料理店などの店先に盛られる盛り塩にも同様に清めの意味があると言われています。
古くは『古事記』に、黄泉国より戻られた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が自らの体についた穢れを祓うため、
海水にて禊祓(みそぎはらい)をされた故事が記されており、これは民間信仰では「潮(塩)垢離(しおごり)」といって海水を浴びて身を清めたり、
海水を沸かした「塩湯(しおゆ)」が病気治療や無病息災のために用いられるといったことに繋がっています。
これも我々の祖先が塩の持っている優れた浄化力・殺菌力を周知していたためでしょう。 
塩が清めに用いられることは、何も日本に限ったことではありません。
『旧約聖書』の「列王記下2.20」には、預言者エリシャが悪しき水の水源に塩を撒くと、たちまちに水が清らかとなり、
死も流産も起こらなくなったことが記されています。ここでも塩には清めの効果があると考えられていたようです。

「清め」というのは「ケガレ」を払うこととされてきたのがこれまでの考えであった。
しかし、この「ケガレ」ということについて近年議論がなされ「穢れ」ではなく「け枯れ」つまり日常の
活力が枯渇するという考えが示された。この考えに立つと、これまで「清め」とされてきたこととは違った解釈がうまれてくる。
「け枯れ」の考えの「け」(ケ)とは日常生活をしているときの活力である。
この活力が乏しくなると「げがれ」、つまり「ケ枯れ」の状態となる。したがって、この活力を時折補給しなければならない。
「ハレ」の日に神を迎え、神とともに共食することによってその活力を補給する。これが「マツリ」(祭り)の本義であったという解釈もある。

結界とは
日本人は日常の生活空間のその境界を道や川によってとらえ、それから外を異界とする観念のあることが
民族的特性としてとらえられている。神は常にこの異界からやってくるものと想定され、死者の霊もやがてはこの異界にいくものという考えがなされていた。
三途の川などはこうした考えにたって理解され、「彼岸」という仏教用語はじっかんとして受け止められてきたのである。
また、その異界は山上(山中)や海彼(海中)などであり、そして、その「彼岸」は近くの高山や蓬莱の島として想定されていたのである。
したがって、大衆の生活空問はつねに道や川によって限られ、道や川をさかのぼれほ山の異界へ通じ、
道や川を下れば海の異界に通じると考えていたのである。しかし、日本人の生活空間はこうした境界によって充分に守られていたわげではなく、
つねに悪霊が身辺に浮遊していてとりつく隙をうかがっていると考えられていた。
先述の貧乏神、風邪神、泡瘡神、空腹神などに代表される悪霊は生活空間のなかにいつもいるという考えがあり、
これらの悪霊にとりっかれないように節日や冠婚葬祭などことあるごとにそれから身を守る儀礼が行なわれてきていたのであった。
こうした考えを援用すると「お清め」として塩を撤く行為には身辺に浮遊して隙を狙っている悪霊にたいして、
塩という海の幸を供えることによって、満足していただきお引き取りを願うという考えがなりたつ。
これが後には、塩の霊力によって退散させるという結果論的な意味付けのほうが理解されやすいことから、
祓いの意味でこれをとらえるようになったのであると考えたい。
お供えものとしての塩
○信仰と塩
塩は我々が生命を維持していく上で必要不可欠なものです。食物の調味料としてはもとより、
保存防腐料や医薬品・化粧品・化学製品の基礎原料としても様々な用途があります。
塩の製造や供給が国家の重要な役割の一つであることは、古代から現代に至るまで変わりがありません。
また、世界各地には塩に由来する名を持つ都市や町の名前が多く見られます。
もちろん信仰とも結びつき、古今東西、塩にまつわる様々な逸話を聞くことができます。
例えば『旧約聖書』では、神と人との不変の契りを「塩の契約」という語で表すなど、塩を神聖なものと捉えています。
「レビ記(2.13)」には、神への供え物について、「穀物の献げ物にはすべて塩をかける。あなたの神との契約の献げ物から絶やすな。
献げ物にはすべて塩をかけてささげよ」とあり、イスラエルでは穀物の他、動物の供物にも塩を振りかけました。
また、『新約聖書』の「マタイ福音書(5.13)」にも、イエスが説教をおこなった際、これを聞く人々に対して「あなたがたは地の塩であり、
世の光である」と述べたことなど、旧約における神と人との不変の契りが内面化され、象徴的に表されています。
我が国では、『古事記』『日本書紀』に見える伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)二柱の神が矛で下界をかきまわし、
その矛の先からしたたり落ちた塩が積もって大八島となった神話を始め、製塩を専ら海水に頼ってきたため、
海水を意味する「潮(しお)」とも通じて様々な伝承があります。
このことは、我々に多くの幸を与えてくれる海の豊饒性や清浄性の象徴が、塩に求められたためであるとも考えられます。
奥州一ノ宮の鹽竈神社の御祭神である塩土老翁(しおつちのおきな)は、我が国の製塩の創始者といわれ、
この御分社である鹽竈(塩釜)神社が全国各地の塩に由緒ある土地に祀られています。
鹽竈の社名は塩土老翁が製塩した釜に由来し、この御釜が境外末社の御釜神社に伝わっています。
毎年七月の初めには、海水を満たした御釜を用いて塩を造る「藻塩焼神事」がおこなわれ、古代の製塩法をそのまま現代へと伝えています。
また、海水が地球上の生命の源であり、人の生死に海潮の干満が影響を及ぼしているとされるため、
塩竈神社は安産守護の神として朝野の篤い信仰を集めています。

神をまつるのに米と塩と酒が必需品であるとされる。地鎮祭には四方に米と塩を供えて酒を注ぐ。
それは四方を清めることによって、その土地全体を清めることになるからと説明されて人々は納得してきた。
しかし、米と塩を供えて酒を注ぐという行為がどうして清めることになるのかとなるとなかなか答えられない。
それは、「清め」という事だけで物事を説明しようとすることが元来無理であることによる。
「塩」は確かにそのもののもつ霊力でもって清めの役割をになうことができる。
また、「酒」にはアルコール分があることからそれを注ぐことによって何かしら清めの意味がかなえられるような気がする。
しかし、それでは「米」を供えるのはどうして清めになるのか。
これには、米のもつ「白」という色彩にあると考えられるげれども、
白が清めの効力をもっものであるとする考えはどうも始源的なものではないようである。
このことは赤飯がハレの食べ物あるとする場合の赤との関わりがあること。

川や便所は異界との境としてとらえられてきたようである。生まれたばかりの子供をそこに連れていって米や塩を供えるのは、
異界からつねに進入しようとしている神(邪神)に供物を供えて子供に悪さをしないようにという祈願だったと考えられる。
地鎮祭もその土地にいるとおもわれる土地の神(荒神とも)を祀り鎮めようとする神事である。
神は基本的には荒ぶるものであると考えられていて、これを鎮めるには供物を供えてその御心を安らかにさせる方法をとるのが良いとされ、
これがとりいれられるようになったものらしい。
こうしたことから、「土」の幸のシソボルである「米」(稲作以前は芋を始めとする農作物)と
「海」の幸のシソボルである「塩」(海藻も同様な意義をもつ)を供えるようになったものと考えられる。
塩には塩そのもののもつ霊力があって、それは餅や握り飯と同様の霊力を持っものとしてとらえていたのであって、
繰り返しになるげれども、米が陸の霊力をもつもののシンボルであるのに対して、
塩は海の霊力をもつもののシソボルとしてとらえられていたと考えられるのである。
「酒」は穀霊のシンボルであり、
これを飲むことによって普段と異なった状態になり至福の境地にいたることが出来ることを人々はこれまでの経験で知っている。
これらのことから、酒を供えるのは神に心地よくお酒を飲んでもらりて心安らかになっていただくことにその意図があったといえる。
ちなみに、祭儀が終了したあと神主から御神酒を振舞ってもらうのは、神を預る人々も神と同じ異界に居るという思いになることにもなり、
神と同様物を飲むことによって神と同じ力を身につけさ昔ていただくという、直会の本来の意味をもっていたのである。
土俵の「塩」・・・・撒き塩
それから相撲の土俵。
仕切りの前に、両力士が土俵に盛大に塩をまく場面はおなじみですね。
ここでは真剣勝負の前の「お清め」として塩が使われますが、
相撲の場合、それだけではありません。
塩には土俵の土をほどよく締めかためる役割もあります。
さらには、土の殺菌.消毒という意味もあるのだそうです。
力士が土俵上で転んでスリ傷をつくっても、
土に塩分があると化膿もしないし、治りも早いのだそうです。

撒き塩は、「忌みを払う塩」で、相撲の本来は神事
であったとされる。
土俵に上がった力士は、はじめに他の力士からチカラミズ(力水)を受ける。
そして、塩を撒いてから相撲をとる。塩を撒くのは土俵を清めるためであるという。
塩を撒くことによって清めるという行為は葬送儀礼のなかで一般的であり、
野辺送りした後の会葬者が身を清めることは今なお行われている。
店先の「塩」は客招き・・・盛り塩
割烹や懐石など料理屋の店先に、夕方になるといわゆる「盛り塩」がされているのを、見たことがあるでしょう。
あれは何のためか知っていますか?いわれのもとは中国の伝説です。
たくさんの妃妾をもつ皇帝、毎晩牛車に乗って彼女たちのところを訪ねます。
でも、皇帝白身は公平に愛そうと思っていても、数が多すぎて順番がひとめぐりするのも大変ですし、
そのうち順番すらわからなくなって、いつしか牛の行くままにまかせていたところ、
なぜか牛が毎晩同じ妃妾の家の前でばかり止まるようになりました。そ
れに気づいて不思議に思い、調べてみたところ、その家の前にはいつも塩がこんもりと盛られていたのです。
草食動物である牛は塩を好むので、それを知っていた妃妾が知恵をはたらかせ、
牛は毎晩その塩を目当てに皇帝を引っ張ってきた、というわけです。
そのいわれから、客足を呼び込むための縁起ものとして、今も「盛り塩」がされているのです。

盛り塩のルーツは神様へのお供え
塩は神事の中で禊祓に使われるだけではなく、神様への「お供え」としても機能してきました。これがいわゆる「盛り塩」のルーツといってもいいかと思います。
みなさんの家でも神棚に、水やお酒、お米などといっしょに塩をお供えしているでしょう。伊勢神宮では「御塩」を、海水を天日で干し、煮詰めてつくっています。
三角錐の土器に入れて焼き固めると堅塩になります。
忠臣蔵の真相などの歴史に見る「塩」
塩といえば、誰でも思い浮かべるものに忠臣蔵の話や武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いの話があります。"敵に塩を送る"と言うのがあります。
優劣を競っている相手が困っている事を知ってそれを助ける行為をした者へその行為をたたえるたとえに使われますね。
これは、今川氏真(うじざね)と北条氏康が共謀して甲斐への塩の供給を断ったのに対し、宿敵の上杉謙信が武田信玄に塩を贈った故事に由来します。
しかし歴史家の間では贈らなかったほうに傾いているそうです。
当時越後の塩が松本の市場に運ばれていて、その塩の販売を止めなかったのは事実のようです。
播州赤穂(現在の岡山県)の城主・浅野内匠頭が、殿中松の廊下で吉良上野介に斬りかかったのは、
上野介が賄賂をしなかった内匠頭をいじめたためとされていますが、それほど単純な理由ではないようです。
上野介が内匠頭に製塩技術を教えるように迫ったのを内匠頭が断った、という説もあれば、
赤穂の領地を狙っていた時の老中・柳沢出羽守の差しがねだったという説など、歴史家には諸説あるようですが、
いずれにしても塩の生産を巡る技術趾箏や確執抗争が原因ということのようです。
当時の赤穂は日本最大の塩の生産地で、最高級の赤穂塩を産出し、一方の吉良は領地の一部で細々と饗庭塩をつくっていたのだそうです。
こと塩に関しては上下のバワーバランスが逆転していたのですから、事件が起きても不思議ではありません。
塩を巡って現代の産業スパイもどきの暗躍があったということは、いかに塩が重要なものだったかを知るよすがになるでしょう。
吉良家は三河の吉良の海岸で塩釜法で塩を作り、江戸の市場を支配していました。
浅野家が常陸国(茨城)笠間から赤穂に国替えになったとき塩釜法を教えました。
浅野家は江戸市場への進出の為、焼塩にして綱吉に献上(歯磨き用)します。
やがて、「将軍家御用達」になった赤穂塩の売れ行きが伸び、吉良の塩が押され気味になります。ここに忠臣蔵の原因があるとする説です。
"塩づくりの神様〃の神社は全国に200社も
宮城県塩釜市にある塩竈神社は、日本の塩づくりの神様の総本社。
御祭神は塩土老翁といって、山口県から出て全国各地で塩づくりを教え、東北の地までこられた神様とされています。
そして、塩竈神社の末社は全国に約200社もあります。なぜ塩づくりの神様の神杜がこんなにあるのか。
塩は"お清め〃や"お祓い〃の力がある、と考えられてきたことは前にもいいましたが、それだけではなく、人が生きていくのに、
つまり生命を維持していくのに塩はなくてはならないもの、ということが大昔からわかっていたためだと思います、
人間のカラダと塩の関係について、とくに穀物と野菜類を中心に食べてきた日本人には、肉類を多く食べる欧米の人より多くの塩分を必要とします。
その穀類は、たとえコメがなくとも、ムギ・アワ・ヒエ・キビ(以上を"五穀〃といいます)あるいは、豆などでも代用できますが、塩だけは代わるものがないのです。
それほど、塩は重要な食物だったから、塩づくりの神様の神社も日本全国にあるのでしよう。
塩竈神社の神様が"塩の神様〃ではなく"塩づくりの神様〃であることも、塩そのものよりも、
その塩をつくることがいかに大変で、できた塩がいかに貴重であったかの証拠ではないでしょうか。
ちなみに、"お伊勢様〃の愛称で昔から親しまれている伊勢神官は、神事用の供物は自給するという昔ながらの伝統が守られていて、
いまでも昔ながらの方法による塩づくりが行われています。
キリスト教もユダヤ教も塩を信仰してきた
塩を貴重なものとしてきたのは日本ばかりではありません。キリスト教は"塩の宗教〃ともいわれるほど。
聖書には、何と32カ所も塩のことが出てきます。有名な「マタイ伝」には"あなたがたは地の塩です〃という言葉が出てきます。
この"地の塩〃は、神と人間、人間と人間の結びつきなど友惰のシンボルを表しているという説や、
人の世の腐敗を防ぐ神の戸を表しているという説があるそうです。
レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」では、裏切り者ユダの右手に塩壷が倒れて塩がこぼれていますが、
これはキリストの受難を暗示しているのだといいます。
中世ローマの食卓では、塩壷のあるところが上席であり、その塩壷を倒すと不吉だ、とされていたそうです。
また、ユダヤ教では、塩は誠実と善の象徴だといわれています。
「サラリー(給料)」の語源は「塩」
平安時代、日本では塩が給料になっていたことがあります。
西洋でも、古代ローマでは兵士の給料を塩で払っていた時代があったそうです。
また、あのマルコ・ポー口も、「13世紀のチベットでは塩がお金の代わりをしていた」と報告しています。
塩がいかに貴重品だったか、ということをあらわす歴史上の事実です。
が、そればかりか、英語で給料を意味する「サラリー」は、実際ラテン語で塩を意味する「サル」からきているのです。
神事に伝えられてきた塩
四面を海に囲まれたわが国に住む私たちの先祖は、太古から生活の糧を海に求め、また塩も海から摂取してきました。
しかし、日本は湿度が高く、熱帯ほど気温が高くないので、海水を天日で白然に乾燥させて塩分を結晶させることは、とても難しいことでした。
そのため、固体としての塩を得るにはいろいろな知恵をしぼり、労力をかけてさまざまに工夫してきたのです。
日本の製塩の歴史は、日本人の努力と苦労の歴史ともいえるでしょう。
宮城県塩釜市に「塩竈神社」という塩づくりの神様の総本社があるのをご存知ですか?
御祭神は、「塩土老翁」で、全国に塩づくりを広めて東北のこの地まできた神様だとされています。
塩そのものではなく、塩づくりの神様を祀っていることから、塩をつくることが非常に大切であったことを表しています。
このように大変貴重に扱われてきた塩ですから、古くから神事に使われてきたのもうなずけますね、
また、塩には殺菌作用があるということも、神事において「清め」として使用されている理由です。
お祓いや弔いには塩が欠かせない
古来から、日本人のお祓いには、麻、水、火、塩がよく川いられてきました。
中でも、塩は特に一般的です。相撲で、土俵を清らかに清浄するために力士が塩をまくのは、昔、相撲が神事だったことからです。
また、仏教の弔いでも塩は欠かせないものです。お葬式の後に塩を渡され、パッパ一と身体にふりかけますよね。
これは、「死」という汚れが参列者に及ばないように祓い清める作法です(しかし、現在では、仏教の宗派によっては、塩を渡さないところもあるようつです)。
そして神社では、大祭(お祭り)のときに、大麻と塩湯を用います。
大麻とは、榊にシデがついたものです。榊は昔から神の木として使用されていますので、神事では榊を使います。
(ただし、東北地方などでは榊がないので、その代用品をつかう地域もあります。塩湯は塩をお湯で溶かしたもの。御塩湯(みしおゆ)ともいいます。
伊勢神宮では単に御塩(みしお)と称します。ここでは堅塩(かたしお)だけを用います。
いつのころからか、堅塩は塩湯の略されたものだともいわれてきました。大麻は「祓(はらい)」の行事を、塩湯は「禊(みそぎ)」の行事を意味します。
「祓(はらい)」は心の清めを主とし、「禊(みそぎ)」は身の清めを主とするのですが、今ではこれが混同されて「藤祓(みそぎはらい)」と称するようになりました。
本来、禊祓は、まず大麻で祓い、そして海水を起源とする塩や湯(のちに塩湯)をまいて行っていました。
昔は、海や川に入って禊ぎをしたものが、そのうち塩や湯をまくことに変化し、麻で身体をなでて罪や汚れを祓っていたのが、
人麻をふって祓うように変わってきたのです。現在の神社では、多くが大麻をもって祓い、清めの行事とされていますね。
本当の家宝とは・・・・・・・
先祖代々受け継がれてきている本当の家宝とは、お金や財産や不動産等ではなく、
門外不出の生き抜いていくためのノウハウ・ウンチクなどが、その家系の直系=長男だけにこっそり受け継がれたものである。
きっと、天皇家には「真理そのもの」の家宝が、受け継がれているに違いない。
当然、各国の伝統ある家系の直系には、家宝が受け継がれているに違いないと思う。
仏壇の奉り方 
仏壇の奉る方によって、我々は様々な影響(良くも悪くも)を受けます。悪い影響を受けたくない人は、次のように奉ることをおすすめします。
 
★仏壇と神棚は別の部屋にする。
★仏壇には仏具以外入れない。特に他宗教の物は最悪です。
★お位牌は古い順に、向かって右から並べる。先祖代々の位牌は、中央 か一段上に置く。
★お供え物は、対で供える。これは母方と父方に供えるためです。同じ物を二つずつ供えるということです。
★仏壇は部屋の西側に設置する。仏壇の扉は極楽浄土への入り口です、そして西方が極楽浄土だからです。
  入り口を東に向けることにより、ご先祖様が迷わずにまっすぐ西方へ行けるからです。
★ご先祖様には、お願いをしないことです。常に感謝の気持ちで接するのです。
 
以上のことは、とても大切なことですので、必ず実行して欲しいのです。  

神棚の奉り方はこちらからどうぞ
神棚をお祭りしましょう・・・・・神社丁のサイト
信仰と塩

○信仰と塩
塩は我々が生命を維持していく上で必要不可欠なものです。
食物の調味料としてはもとより、保存防腐料や医薬品・化粧品・化学製品の基礎原料としても様々な用途があります。
塩の製造や供給が国家の重要な役割の一つであることは、古代から現代に至るまで変わりがありません。
また、世界各地には塩に由来する名を持つ都市や町の名前が多く見られます。
もちろん信仰とも結びつき、古今東西、塩にまつわる様々な逸話を聞くことができます。
例えば『旧約聖書』では、神と人との不変の契りを「塩の契約」という語で表すなど、塩を神聖なものと捉えています。
「レビ記(2.13)」には、神への供え物について、「穀物の献げ物にはすべて塩をかける。
あなたの神との契約の献げ物から絶やすな。献げ物にはすべて塩をかけてささげよ」とあり、イスラエルでは穀物の他、動物の供物にも塩を振りかけました。
また、『新約聖書』の「マタイ福音書(5.13)」にも、イエスが説教をおこなった際、これを聞く人々に対して「あなたがたは地の塩であり、
世の光である」と述べたことなど、旧約における神と人との不変の契りが内面化され、象徴的に表されています。
我が国では、『古事記』『日本書紀』に見える伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)二柱の神が矛で下界をかきまわし、
その矛の先からしたたり落ちた塩が積もって大八島となった神話を始め、製塩を専ら海水に頼ってきたため、
海水を意味する「潮(しお)」とも通じて様々な伝承があります。
このことは、我々に多くの幸を与えてくれる海の豊饒性や清浄性の象徴が、塩に求められたためであるとも考えられます。
奥州一ノ宮の鹽竈神社の御祭神である塩土老翁(しおつちのおきな)は、我が国の製塩の創始者といわれ、
この御分社である鹽竈(塩釜)神社が全国各地の塩に由緒ある土地に祀られています。
鹽竈の社名は塩土老翁が製塩した釜に由来し、この御釜が境外末社の御釜神社に伝わっています。
毎年七月の初めには、海水を満たした御釜を用いて塩を造る「藻塩焼神事」がおこなわれ、古代の製塩法をそのまま現代へと伝えています。
また、海水が地球上の生命の源であり、人の生死に海潮の干満が影響を及ぼしているとされるため、
塩竈神社は安産守護の神として朝野の篤い信仰を集めています。

○清めと塩
さて、塩を清めに用いることについてですが、伝統的な習俗の中に多くの事例を見ることができます。
例えば葬儀の際、会葬者に配られる清めの塩を始め大相撲で力士が土俵上で撒く塩や、
料理店などの店先に盛られる盛り塩にも同様に清めの意味があると言われています。
古くは『古事記』に、黄泉国より戻られた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が自らの体についた穢れを祓うため、
海水にて禊祓(みそぎはらい)をされた故事が記されており、これは民間信仰では「潮(塩)垢離(しおごり)」といって
海水を浴びて身を清めたり、海水を沸かした「塩湯(しおゆ)」が病気治療や無病息災のために用いられるといったことに繋がっています。
これも我々の祖先が塩の持っている優れた浄化力・殺菌力を周知していたためでしょう。
塩が清めに用いられることは、何も日本に限ったことではありません。
『旧約聖書』の「列王記下2.20」には、預言者エリシャが悪しき水の水源に塩を撒くと、たちまちに水が清らかとなり、
死も流産も起こらなくなったことが記されています。ここでも塩には清めの効果があると考えられていたようです。

○葬儀と清めの塩
 近年、一部の仏教宗派の僧侶などが中心になって、
差別問題と関連させて清め塩を廃止する運動が一部の地域でおこなわれていることが報道されています。
自らが主宰する葬儀に限り、清め塩の廃止を訴えるというのであればそれなりに理解もできますが、
他宗教の葬儀にまで干渉したり、行政がその運動に協力している例さえあるのは大きな問題です。


葬儀の後に身を清めることは、我が国だけの風習ではありません。
特に水を使った清めの例は、世界中に見ることができます(『最新世界の葬祭事典』松濤弘道著)。
仏教でも、『仏教葬祭大事典』(藤井正雄・花山勝友・中野東禅共著)の「清めの塩」の項には、
唐の僧侶で四大訳経家である義浄が印度を旅行した際のことを記した「南海寄帰内法伝」には「ぴつ芻(ぴっしゅ:僧尼)亡せば、
火を以て之を焚き、各無常を念じ、住処に還帰し、寺内の池内に浴し、その池なき処にては、井について身を洗う」とあり、
同じく義浄が翻訳した仏典「説一切有部毘那耶雑事」にも仏の言として「若し屍に触るる者は、衣を連ね倶に洗え、
その触れざる者は但手足を洗え」と記されていることを紹介し、「浄めに火と水が用いられるのは、
仏教・神道だけでなく広く払浄儀礼として行われており、
単に神仏習合の結果生まれた習わしといいきることはむずかしいかも知れない」と述べています。
さらに日本では、手を水で洗うことよりも塩に重点がおかれていることについて、「古来からの禊は特に海水の効験が大きいとされており、
・・・・おそらくは海水に意味を認め用いていたものが塩を代用するようにかわったものと思われる」と結論しています。
現在、神社の祭りに先立っておこなわれる修祓でも、塩水によりお清めをおこなう塩湯(えんとう)が用いられますし、
葬儀の後など、一般において清め塩が用いられるのも、
こうした信仰に基づき、禊という具体的な清めの行為を象徴的におこなったものと言うことができるかと思います。
さて、清めに塩が用いられる理由について述べましたが、時代や地域によっては、塩に米糠を混ぜたものを葬後の手足の清めに使用したり、
米や酒、味噌、お茶など多様なものが清めの作法に用いられてきたことは民俗学の調査から明らかです
(『国立歴史民俗博物館資料調査報告書、死・葬送・墓制資料集成』)。
これらのものは飲食の他、手足や身体に振りかける場合があり、塩の場合も身体に振りかけるのが一般的ですが、
塩を嘗める所作も見られるため、単に穢れを祓うというだけでなく、生命力を更新させることや、
日常(ケ)と非日常(ハレ)とを区別させるといった意味もあると考えることができます。
 確かに「人の死」は、身内や親しかった人にとっては非常な悲しみであり、心痛に耐えない出来事(禍事)です。
そこで、自己の暗い心や観念を払拭して、元の清らかな明るい心に立ち返ることを望むのは自然なことであり、
清めの意味は、死者に対するものというより、むしろ自らの心に対するものであるということができるでしょう。
 大相撲で力士が清め塩を撒くことを考えてみても、具体的な穢れを祓うという意味よりも、
自己の心象面での清め、すなわち土俵上で怪我をすることなく、プレッシャーをはねのけて、
冷静な心で充実した相撲を取りたいと願う気持ちの表れであるということができます。
以上の事例などから
清めに塩を用いることが、決して死者を穢れとして冒涜したり、差別的な行為を助長するものではない

ことが御理解いただけるかと思います。
心の在り方を重視する信仰の世界において塩の持つ力に清めの願いを託することは、
人本来の清浄心や清明心の復活・再生が期待されるからであり、
我々の祖先から受け継がれてきた英知によるものといえるのではないでしょうか。

塩は穢れ(=褻枯れ=ケガレ)を祓うだけでなく、必要な潮の力を補充する働きがあります。
塩は白という色のもつ呪性だけでなく、古代より貴重なものでした。
人体の5%が塩分であるということや胎児の時は羊水の中で成長するという ことだけでなく、潮(うしお)そのものの霊的な力を身につけるためです。
血潮・初潮・上潮などそれをあらわす言葉が生活の中にも残っています。
この潮は宇宙の運行そのものです。ちょうど日常の活力が枯渇して褻枯れ(ケガレ)の状態にあるとき、
その活力を補充するために祭りが行われたように、
塩は穢れ(=褻枯れ=ケガレ)を祓うだけでなく、必要な潮の力を補充する働きがあります。

昔は祭りは宵の宮・日没後に始まりました。今でもイスラムやユダヤ教では1週間の暦は日没から始まります。
相撲取りが土俵で塩を舐めるのも海の力を得るためです。祭りの時に立てる松明も本来は神の降り立つ依代でした。
塩も昔は貴重品でしたからまず砂を山にして盛り砂をつくりその上に塩や海草を載せて神様を呼びました。その習慣は今も残っています。
結界として盛り塩をして、さらに大きな潮の力を身につけ、さらに邪気を払う3つの働きがあります。
塩は不思議で、死を前にした人に土のシンボル=米を振ってその音を聞かせたり海のシンボルである塩を見せて活力を与えようとする風習があります。
医者が瀕死の患者に打つリンゲルもその表れでしょう。新約聖書マタイ伝5章13節にも『汝らは地の塩なり。
塩もし効力を失はば、何をもってかれに塩すべき。塩は用なし。』という1節がありますが、
ここでは塩は人をあらわし、他の人を引き立たせる働きをすることに意義があると説かれています。
また、英語のSalaryはラテン語のSalariun(塩を買うために与えられた金銭)にその起源があるといわれています。
日本でも奈良時代に塩を俸給としていた記録が『延喜式』の主税式上巻24にあります。1日あたり60g相当となっています!
塩は昔から清浄・不変・結合といった神聖性をそなえているものとして
塩は昔から清浄・不変・結合といった神聖性をそなえているものとしてさまざまな国で神秘的な物として捉えられていました。
例えば「旧約聖書」にも塩の記載がありますし日本では「古事記」に海水にて禊祓(みそぎはらい)をした記載があります。
古代エジプトでミイラに塩を用いた史実は物理的な防腐効果以外にも死体保存の呪術的役割をしていたと考えられています。
塩は海水から採れます。その為、塩は海の豊饒性や清浄性の象徴としても考えられていました。
鹽竈(塩釜)神社は日本の製塩の創始者と言われる塩土老翁(しおつちのおきな)をご神体にしていますが、ここは安産祈願で有名です。
これは、塩=海水が地球上の生命の源であり人の生死に海潮の干満が影響を及ぼしている事から由来していると言われています。
また、葬式後の「お清めの塩」には穢れを祓うだけでなく生命力を更新される意味合いも含まれているそうです。
キリスト教・ユダヤ教も【塩】を信仰していました。
http://www.ntv.co.jp/shitteru/
「知ってるつもり・キリスト」で
【キリストは治療師であった。不治の病を治し奇跡を起こした】と有りましたが、それは事実であったと思います。
それは、本当に治った人・家族だけが信じるものかもしれない。【キリストは治った事実を誰にも話すな】といったが、誰も守らず口コミ伝達をしたという。
「病気が治った・難病が治った=奇跡」となって、伝えられ、それ以降は、その奇跡が、どんどん変化して、聖書のように文書化されて、
宗教と発展して行くことになる。

お釈迦様も覚者であり、治療師でもあったと思います。釈迦も色々なことを説いていますが、病気にならない為の教えではないだろうか?
仏教の聖典法華経には「総在如来寿命海中」の聖句があります。
これは「総て如来の寿命は海中にあり」と解され、雨が陸地を洗い、陸上の大切なミネラルは洗い流されて(雨水に溶け)海中にある。
これを回収して食べなければ、健康体とはなれず、生き乍ら仏(如来)にはなれないと解釈できる。
では、海中のミネラルは?海からの最大の贈り物である「お塩」であり、海草であるのです。「お塩」の回収方法が重要なのです。
煮詰めるから、駄目なんです。煮詰めることにより「お塩」が死んでしまうからです。
そして、煮詰め死んだ塩から「にがり」という毒性を持ったものが副産物として作られるのです。

海草類はご存じの通り、昆布やワカメ・天草などです。特に「天草」は万病に効果があるものです。
天草は「天の草」であり、神が人類のために創ったものなのです。本当の「お塩」と天草(寒天やところてん等)を、病気の人は摂取することです。